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その日、世界は変わった――

映画『チェルノブイリ1986』


        Chernobyl Russia, 2020 Director:Danila Kozlovsky Screenplay by:Alexey Kazakov, Elena Ivanova
        Producers:Alexander Rodnyansky, Sergey Melkumov, Danila Kozlovsky, Vadim Vereschagin, Rafael Minasbekyan
        Cast:Danila Kozlovsky, Oksana Akinshina, Filipp Avdeev, Ravshana Kurkova, Nikolay Kozak, Igor Chernevich
        Production companies:Non-Stop Production, DK Entertainment, Central Partnership, GPM KIT 
        製作・監督・主演:ダニーラ・コズロフスキー『ハードコア』
        2020年/ロシア/ロシア語/136分/シネスコ/5.1ch/原題:ЧЕРНОБЫЛЬ/字幕翻訳:平井かおり/字幕監修:市谷恵子/配給:ツイン
        chernobyl1986-movie.com
        
        Chernobyl Russia, 2020 Director:Danila Kozlovsky Screenplay by:Alexey Kazakov, Elena Ivanova
        Producers:Alexander Rodnyansky, Sergey Melkumov, Danila Kozlovsky, Vadim Vereschagin, Rafael Minasbekyan
        Cast:Danila Kozlovsky, Oksana Akinshina, Filipp Avdeev, Ravshana Kurkova, Nikolay Kozak, Igor Chernevich
        Production companies:Non-Stop Production, DK Entertainment, Central Partnership, GPM KIT 
        製作・監督・主演:ダニーラ・コズロフスキー『ハードコア』
        2020年/ロシア/ロシア語/136分/シネスコ/5.1ch/原題:ЧЕРНОБЫЛЬ/字幕翻訳:平井かおり/字幕監修:市谷恵子/配給:ツイン
        chernobyl1986-movie.com
1986年4月26日  チェルノブイリ原子力発電所4号炉爆発―
        全世界を未曽有の危機から救うため、命を懸けた一人の消防士がいた。
本作の公開について
2022年5月6日(金)新宿ピカデリーほか全国ロードショー
本作の公開について

ロシアによるウクライナ侵攻状況を鑑みますと、ロシア映画である本作の公開は控えるべきというご意見もあるかと思います。しかし製作・監督・主演のダニーラ・コズロフスキーは、自身のインスタグラムで明確に戦争反対を表明しています。又プロデューサーのアレクサンドル・ロドニャンスキー(「裁かれるは善人のみ」「ラブレス」)はウクライナ人であり同国を代表するプロデューサーで、先般ロシア当局からウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領と共に“ペルソナ・ノン・グラータ”(好ましからざる人物)に認定され、過去の全プロデュース作品に対してロシアでの公開禁止処分を受けました。

戦争を行っている国家としてのロシアではなく、戦争反対を表明し一日も早く平和が訪れることを願う、ロシア、ウクライナを代表する映画人によって製作された本作の公開を通じ、世界を震撼させた大事故のなかで必死に生きようとした人々の姿を知り、平穏に暮らせる日々の尊さを再認識する一助となることを願っています。

尚本作は、1986年4月、当時ソビエト連邦だったウクライナのプリピャチで起きたチェルノブイリ原子力発電所の爆発事故で、未曾有の事態に命を懸けて挑んだ消防士の姿を描いた人間ドラマです。原発事故による悲劇が繰り返されないことに祈りを込めて製作された作品として、事故の記憶を風化させないためにも、予定通り公開することに致しました。

そして、本作の興行で得た収益の一部をユニセフなどウクライナの方々への人道支援活動を行う団体に寄付いたします。

株式会社ツイン

ダニーラ・コズロフスキー、アレクサンドル・ロドニャンスキーがInstagramに下記の声明を上げております。

主演/監督/製作 
ダニーラ・コズロフスキー
2/27 Instagramより

今起こっていることは、大惨事だ。全ての意味においての大惨事、すなわち人間的、人道的、政治的、経済的といった、あらゆる意味において、である。僕は心の底から自分の国を愛している。そして真の愛国主義とは、自分が本当に感じ経験している真実を語る断固たる姿勢だと常に考えている。

僕自身が深く失望していることだが、自分はこの資質を常に発揮してきたとは言い難い。だが今この瞬間は語らなければならない。あの後戻りできない地点を、僕たちは文字通り戦車で通過しつつあるのだ。今このことを僕が書いているのは、煽り目的でも攻撃を更に炎上させるためなんかでもない。ただ本当に痛みを感じるからなんだ。今や常套句となった例の質問をする人たちもいるだろう ― 「じゃあお前はこの8年間、どこにいたんだ?」って。それに対してはすぐに質問を返したくなる― 「そういう君たちはどこにいたんだ?」って。でも質問に対して質問で答えるのは失礼だから、違う回答をしよう。「分からない」と。何も見てこなかったし、理解していなかった。または見たり理解することを望んでいなかった…無関心だった、と。あらゆる手段を用いて理性と平和を訴えるべきだった時、僕が関心を持っていたのはただ自分の人生のみだった。無邪気に考えていたんだ。これらの全ては終わり、あちらでは上層部が必ずや話し合いで合意するだろうって。だってその座には賢い人たちが就いているのだから。戦争は起こさせないだろう、って。でもそれは起きてしまった。恐ろしい。苦しい。耐え難いほどに悲しい。そして恥ずかしい。自分自身をも含めて。この数年間における自分の沈黙と無関心が、恥ずかしい。でも暴力を用いて平和をもたらすなんてことは、果たして可能なのか?暴力は更なる暴力を生み出すだけだ。コロナウィルスや様々な紛争によって衰え神経質(ナーバス)になった21世紀において、このような問題を兄弟民族に対する「軍事作戦」なんかで果たして解決できるのだろうか?何故多くの人々の予測が外れたのだろうか?それは、こんなことは全く想像すらできなかったからだ。ハリコフやキエフ、その他の美しい街の名前が軍事記録の中で見られるようになるとは。そしてウクライナの友人たちが電話で呆然と問いかける「どうして?」に対し、僕たちは何か曖昧な内容を口ごもることになるとは、想像できなかった。いま僕たちは全員ひとり残らず傷を受けている。何故なら、僕たちの世界を覆う呪いや憎しみ、非難は自分たち自身から生じるもので、あらゆる戦争がもたらすものだからだ。

兵士や民間人が亡くなり、ミサイルが住宅を攻撃している。たとえ政治に通じていなくても、これにはいかなる正当性もないことははっきり分かる。尊敬すべき大統領、直接呼びかける無礼をお許しください。ですが、この恐ろしい不幸を止められる力があるのは貴方だけなのです。

僕たちは、ある高官が表現しているような「反対者の国民」なんかではなく、世界の中で何よりもただ平和と平穏のみを愛し願う自国民なのです。

僕の名はダニーラ・コズロフスキーで、戦争に反対しています。このことを、ただ自分の名において心から述べています。

製作 
アレクサンドル・ロドニャンスキー
2/25Instagramより

2月24日の早朝、成人した息子がキエフから電話をかけてきて、衝撃と落胆のこもった声で話した。「始まったよ...」と言いながら、ミサイルの音を聞かせてくれた時は、信じられなかった。もちろん、こういう事態になるかもしれないということは事前に分かってはいたが、それでもキエフでミサイルが炸裂しているなんて…。

私の生まれ故郷であり、親戚や友人、同僚が住み、両親や祖父母が眠るキエフが、私がこの20年間、家族や友人とともに暮らし、仕事をしてきた国のミサイルに襲われるとは想像もできなかった。私は生まれてからずっとロシア語を話している。

そして、今でも信じられない。(ウクライナのパスポートを持っているため)私はロシアの大統領選に投票はできないが、耐え難い恥ずかしさを感じている。また信じられないほど深い悲しみに包まれている。昨日初めて衝撃を受けた後、私は自分のInstagramに、戦争の最中に目覚めたすべての人々のために、喪に服すと書いた。

しかし今日、ウクライナ人はこの事態を乗り越えることができると私は知っている。優しく勇敢な人々は、この戦争を乗り越えていくだろう。なぜなら彼らは祖国のために戦っているからだ。

多くのロシア人、賢くて繊細な人々が、心の底から震えていることを私は知っている。彼らは恥だとすら感じている。

戦争に言い訳はない。戦争を起こした人々が何を主張しようとも。

私は、ソ連政府がアフガン戦争の絶対的な必要性をどのように説明したかをよく覚えている。そして、それが悲劇的な間違いであったと認めるまでに、10年の歳月と1万5千人のソ連兵、100万人近いアフガニスタン人の犠牲を要したことも記憶している。

今日、ベトナム、イラク、アフガニスタンでの自国の戦争に言い訳を見いだせるアメリカ人はほとんどいない。

そして、この戦争も悲劇的な間違いである。国民経済が破綻し、わが国が世界で孤立し停滞し、技術格差が拡大し続けるからではない。この間違いに対する恥は決して消えないからだ。それは私たちの子供たち、そして孫たちにまで残り続ける。

私たちは黙っているわけにはいかない。

戦争にNOを。

Introduction & Story

事故の当事国だったロシアの映画界が、実話に基づいて映像化した知られざる真実 事故の当事国だったロシアの映画界が、実話に基づいて映像化した知られざる真実

1986年4月26日、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国プリピャチのチェルノブイリ原子力発電所で起きた爆発事故。この未曾有の大惨事は、のちに超大国のソ連が崩壊した一因になったとも言われ、数多くのドキュメンタリーが作られた。2019年に米HBOドラマ「チェルノブイリ」がエミー賞10部門を独占したことも記憶に新しい。

そしてこの度、他作品とは全く違った視点で描いた映画『チェルノブイリ1986』が完成した。人々の日常生活や生命をどれほど脅かし、彼らの人生に壊滅的な影響を与えたのか。事故発生当時、現地で撮影した経験を持つプロデューサーが、爆発直後に現場に急行した消防士たちの苦闘や避難民たちの混乱ぶりなど、一般市民の視点からリアルに映し出した、映画だからこそ描けた衝撃の真実。

人生が激変した、消防士の壮絶な運命を描くヒューマン・スペクタクル大作 人生が激変した、消防士の壮絶な運命を描くヒューマン・スペクタクル大作

若き消防士アレクセイは、元恋人オリガと10年ぶりに再会を果たし、彼女とともに新たな人生を歩みたいと願っていた。ところが地元のチェルノブイリ原発で爆発事故が起こり、それまでの穏やかな日常が一変。事故対策本部の会議に出席したアレクセイは、深刻な水蒸気爆発の危機が迫っていることを知らされる。もしも溶け出した核燃料が真下の貯水タンクに達すれば、ヨーロッパ全土が汚染されるほどの大量の放射性物質がまきちらされてしまう。

愛する人のためタンクの排水弁を手動で開ける決死隊に志願したアレクセイだったが行く手には、想像を絶する苦難が待ち受けていた…。

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Cast & Staff

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DANILA KOZLOVSKY
ダニーラ・コズロフスキー
アレクセイ/製作・監督

1985年5月生まれ。

サンクトペテルブルク国立劇場芸術アカデミーの演技/監督コースに入学。アカデミー在学中に「リア王」のエドガー役で舞台デビューを果たし、多くの演劇賞を獲得する。アカデミーを卒業後、本格的に俳優業に進出しドラマ、映画に出演。『タイム・ジャンパー』(08)の主演を務め知名度を上げる。2010年のベルリン国際映画祭のパノラマ部門で上映された『Jolly Fellows』(09)でドラァグクイーンの役を見事に演じ、世界的に注目される。2012年の『ゲット・ザ・ワールド』が大ヒットしロシアで大ブレイク、人気俳優の仲間入りを果たす。その後ロシアで活躍後、『ヴァンパイア・アカデミー』(14)でハリウッドデビュー。2016年にはロシアに戻り『フライト・クルー』『ハードコア』『VIKING バイキング 誇り高き戦士たち』と立て続けに出演。その後も『マチルダ 禁断の恋』(17)『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』(18)などに出演し役者としても盤石な地位を築く。『The Coach』(18)では初監督を務め、そのマルチな才能が注目されている。

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OKSANA AKINSHINA
オクサナ・アキンシナ
オリガ

1987年4月生まれ。

セルゲイ・ボドロフ監督の息子で俳優のセルゲイ・ポドロフ・ジュニアにその才能を見いだされ、12歳でデビュー。2001年にはポドロフ・ジュニア初監督作『Sisters』で映画初出演を果たす。2002年にはスウェ―デンのルーカス・ムーディソン監督作『リリア4-ever』で主演に抜擢され、ヨーロッパ映画賞主演女優賞ノミネートを始め、数多くの国際的な賞を受賞した。その後、『ボーン・スプレマシー』(04)『モスクワ・ゼロ』『ミッション・イン・モスクワ』(06)『ウルフハウンド 天空の門と魔法の鍵』(07)『ヴァーサス』(16)『スプートニク』(20)など多数の映画に出演。アクション、SF、ドラマなどジャンルを問わず幅広い作品で活躍している。


ALEXANDER RODNYANSKY
アレクサンドル・ロドニャンスキー
製作

1961年7月生まれ。

キエフ国立映画演劇テレビ大学を卒業し、1983年から監督としてのキャリアを始める。ドキュメンタリー『さらばUSSR』(94)では、ロシア映画賞NIKAで最優秀ドキュメンタリー賞、山形国際ドキュメンタリー映画祭国際批評家連盟賞を受賞した。1990年から1993年まで、ドイツのテレビ局ZDFでプロデューサー、映画監督として活躍。1994年に彼はウクライナに戻り、国内で最初の独立テレビチャンネル1 +1を立ち上げた。2009年には映画制作会社を設立。2011年には『父、帰る』のアンドレイ・ズビャギンツェフ監督作『エレナの惑い』の製作をし、第64回カンヌ国際映画祭ある視点部門で審査員特別賞を受賞した。2014年にはロバート・ロドリゲス監督と組み『シン・シティ』の続編『シン・シティ 復讐の女神』をプロデュース、また同年に製作したズビャギンツェフ監督の『裁かれるは善人のみ』は第67回カンヌ国際映画祭脚本賞、第72回ゴールデングローブ賞外国語映画賞を獲得、第87回米アカデミー賞外国語映画賞ノミネートなど多くの賞に輝いた。その後も『ラブレス』(18)『殺人狂騒曲 第9の生贄』(20)など多くの作品を手掛けている。

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Production Notes

チェルノブイリ原発事故の現場を目撃した製作者の熱意

『チェルノブイリ1986』の構想の源は、本作のプロデューサー、アレクサンデル・ロジニャンスキーの実体験にあった。チェルノブイリ原発で爆発事故が起こった1986年当時、ロジニャンスキーは自らの目でその惨事を見たのだ。ロジニャンスキーが語る。「当時、私はドキュメンタリー映画の監督で、事故発生の5日後にチェルノブイリに派遣され、緊急対応の様子を撮影しました。私はこの出来事の多くを、細部に至るまで身をもって知っています。事故後の3年間、同じ目的で何度か再訪したし、この事故を題材にした長編映画を作ろうと何度も試みてきました」

 そんなロジニャンスキーの熱意が実った本作は、チェルノブイリの事故の原因を明らかにすることではなく、事故によって人生が崩壊し、激変してしまった人々の物語を伝える作品となった。ロジニャンスキーが再び説明する。「日常生活の中では必ずしも倫理的、もしくは勇敢な判断を下せない普通の人々が、災害発生時に自らを危険にさらしてまで他人のために行動できるのはなぜなのか。これは非常に興味深い問いであり、私たちは本作を製作する中でこの問いに答えようとしました。本作はひと握りの人たちの物語を描いていますが、実際にはそのような人々が何千人もいたのです」

プロデューサーが惚れ込んだD・コズロフスキー監督の才能

製作のロジニャンスキーは、脚本完成前の段階から監督を探し始めた。彼が必要としていたのは、観客の感情を揺さぶることができて、なおかつ現代的なスタイルで壮大な映像やイメージを表現できる監督だった。そしてロジニャンスキーの目にとまったのは、すでに俳優として成功を収めていたダニーラ・コズロフスキーの監督デビュー作『The Coach』(18)だった。ロジニャンスキーが振り返る。「『The Coach』が始まって30分ほど経った頃、自分がこれまでになく非常にプロフェッショナルで、感情的で、誠実で、そして何よりも献身的なメインストリーム映画の監督の作品を見ていることに気づいたのです」 ロジニャンスキーからのオファーを受け、監督と主演を兼任したコズロフスキーは、本作について次のように語る。「原発事故の規模はもちろん重要ですが、私たちが目指したのは原発事故が人々にどのような影響を与え、彼らがどのように感じたのかということです。事故が彼らをどのように変えたのか、そして彼らがどのような疑問や選択に直面し、いかなる決断を下したのかを見せたいと思いました」。コズロフスキーは「この映画を大きなスクリーンで観てもらいたい」と語り、その最大の理由を説明する。「これは人間そのものについての物語です。そして人間の複雑かつ難解な感情や自己犠牲について、さらには意志や性格にかかわらず運命がいかに人々を不本意なヒーローにするかについての物語なのです」

綿密なリサーチと本物の原子力発電所での撮影

チェルノブイリの事故については、無数の目撃証言、記事、書籍、アーカイブ映像が残っている。この膨大な資料を整理し、索引をつける必要があったため、製作チームはインスピレーションの源となるそれらの資料をオンライン上のデータ格納庫に保存した。 また製作陣は、消防士、医師、エンジニアらを含む事故の当事者にインタビューを行った。それはコズロフスキー監督にとって感動的な体験だった。「モスクワの第6病院で働いていた女性医師とのインタビューでは、胸が締めつけられる思いがしました。彼女は原子炉建屋の炎を消すために最も苦しんだ消防士たちが、最初に入院してきたときのことを話してくれました。若くて陽気な消防士たちは冗談を言い続けていましたが、医師たちはもうすぐ全員が死んでしまうことを知っていたのです」

製作チームは原発に関するリサーチを行い、クルスク原子力発電所を訪れた。プロダクション・デザイナーのディムール・シャギアメドフが語る。「クルスク発電所を外から見ると、まるでチェルノブイリのようだったことを覚えています。ふたつの発電所はまったく同じ設計図で作られていたので、歴史の一部を見たような忘れられない瞬間でした。これ以上の撮影場所はないと確信しました」。それは不可能と思えるアイデアだったが、本作の大部分は実際にクルスク発電所で撮影された。コズロフスキー監督が語る。「ロスアトム(国営原子力企業)と政府の支援には大変感謝しています。作品の意図を理解してもらうのに時間がかかりましたが、最終的には信頼と理解を得て、この複雑で野心的なプロジェクトを実現することができたのです」

● 1986年4月26日、チェルノブイリ原子力発電所の事故が発生。4号炉が爆発により全壊し、発電所周辺の30km圏内から10万人以上が避難を余儀なくされた。 現在も立ち入り禁止区域は居住に適さないとされている。爆発の原因は、発電所の安全システムに関連する欠陥要因が重なったことにある。

● 60万人以上の人々が事故の後処理に従事。事故が直接の死因となった死亡者数を正確に測定することは不可能である。事故後の急性被曝、やけどなどで死亡したのは31名。一方、国際がん研究機関(IARC)は事故処理作業者、避難民、高度汚染地域に居住していた人などにおいて事故の影響で増加するガン死亡は4,000人と推計する。チェルノブイリ原発事故は、今でも原子力史上最大の災害と言われている。チェルノブイリ原発事故の後、世界各国で原子力発電所の新増設が滞ることになった。

● 主演の一人であるニコライ・コザックは1986年当時兵役中だった。彼は元々キエフへの配属を希望していたが、却下されていた。キエフに配属された同僚たちは原発事故の後処理に回され、ニコライは二度と彼らと会うことはなかった。

● 本作には300人以上の映画スタッフが参加し、当時のことを知る人も多く関わっている。

● 撮影は2019年夏、クルチャトフ・クルスク原子力発電所の高セキュリティ施設でのロケのほか、ロシア、ハンガリー(オリゴスタジオ)、クロアチアのサウンドステージで行われた。

● 一部のシーンでは最大500人のエキストラが参加している。

● 稼働中のクルスク発電所で行われた火災現場の撮影には、約400本のガストーチが使用された。

● スクリーンに登場するすべての俳優は、1980年代当時のオリジナルの洋服を着用している。ダニーラ・コズロフスキーの鮮やかなシャツは彼と同い年。

● メイクアップアーティストのアレクセイ・イヴチェンコは、登場人物の放射線障害の各段階をアルバムにまとめて参考にしていた。放射線による火傷の種類は約100種類ある。

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